令和4年度 学位記授与式 学長式辞
2023年 3月 28日
式辞
本日、ここに令和4年度東大阪大学・東大阪大学短期大学部学位記授与式を挙行し、学位記を授与された皆様、おめでとうございます。
三年前からの新型コロナウイルス流行に終息の兆しが見られ、三年ぶりに大学・短期大学部が一同に会し挙行することにいたしました。とはいえ、ご家族の皆様には、まことに心苦しいですが、完全な終息に至っておらないことに配慮し、人数制限をさせていただいたことへの、ご理解とご協力を賜り、深く感謝申し上げます。
また、東大阪市長 野田義一様、東大阪市教育委員会教育次長 北林康夫様、株式会社アイビック代表取締役 品川哲也様、後援会役員の方々をはじめ、ご来賓の皆様には、公私ご多用にもかかわりませず、ご臨席を賜りましたこと、まことにありがたく、心より御礼申し上げます。
新たな一歩を踏み出そうとしている卒業生の皆様、コロナ禍で遠隔授業や対面授業やと、変則的な学習環境の時期もあった中で、よく頑張り卒業できたことは、皆様の努力の賜物です。本当におめでとうございます。コロナという突発的な災禍が訪れ、不安を抱えながら、この日まで、長きにわたりお子様の勉学を支えてこられましたご家族の方々に敬意を表しますと共に、心よりお喜び申し上げます。
また、今日まで本学にお寄せくださいましたご支援、ご協力に対し、心から感謝し、熱く御礼申し上げます。
さて、短期大学部の人たちの学生生活は、新型コロナウイルス感染拡大のなか、今まで経験したことがない、日常を大きく変えた中での学生生活二年間、通常の学生生活を経験することが無く過ぎた二年間でした。また、大学の人たちも、大学生活に慣れ始めた一年が終わるころに襲い掛かったコロナ禍、初めの一年とは違う学生生活が始まり、戸惑いながらの三年間を過ごされました。
この間、私たちは誰もが経験したことのないこの事態に直面し、世界中の人たちが不安と恐怖の毎日を送ってきました。しかし、失うことばかりではなく、この経験から、学び得たことも多いのではないかと思います。なんといっても、命の大切さ、自分の健康を自分で守ること、周りの人を気遣うこと、周囲の人々と共に社会のルールに従い共に協力し支えあうことの必要性を、身をもって感じたことでしょう。この経験は、これから社会人として生きていく皆様にとって貴重な体験であり、そのことを忘れないでほしいと願っています。
コロナ禍で地域医療に携わる医師を題材にした小説に夏川草介の「臨床の砦」や「レッドゾーン」があります。作者の夏川草介は、消化器内科の医師として地域医療に携わっているとともに、作家でもあります。「臨床の砦」や「レッドゾーン」は、夏川が経験したコロナ禍の病院内の様子をリアルに描いた小説です。
「臨床の砦」では、「コロナは肺を壊すだけではない、心も壊す。」と言っています。「患者さんの不安や、いらだち、時には怒りだす方もたくさんいる中、それを医療者側は受け止めきれずに断ち切っていくことが義務付けられるような空気になります。例えば、不安の中でタブレットの向こうで泣き出した患者さんにゆっくり話をしていると、後ろにいる看護師さんから「次の患者さんがいるので、それくらいにしてもらえませんか」という声がかかってくることがある。これは、医師として非常に苦しい現状です。」今まで、患者さんの不安や悩みをゆっくり聴き、患者さんに寄り添う医師であったのに、そのような時間もとれなくなっている現状、コロナ禍で、日常の変化とともに、どうしようもなく知らずと私たちの心が壊されていく変化が起きているのではないかというのです。
実際、人とのかかわり方が希薄になってきていることは確かです。今、社会はコロナ以前の日常を取り戻そうとしています。コロナ禍は過去のことになっていきそうです。人々の心の変化、人とのかかわり方など、表面には見えない一人ひとりの心の内、コロナによって心が壊れてしまう経験をしている人たちがいることを意識し、人と人のぬくもりを感じる社会を取り戻したいものです。
もう一つ、夏川の「レッドゾーン」ですが、この小説に込める夏川の願いが語られています。
「2022年8月現在、医療現場はかつてない多数の患者の押し寄せる第7波である。レッドゾーンの原稿を執筆している今週も、発熱外来には連日100人を前後する患者が押し寄せている。駐車場には長い車列が生じ、入院ベッドは確保できず、一般的な解熱剤さえ無くなろうとしている。このような状況の時だが、私が最も過酷であったと感じるのは第一波なのである。未知なる茫然(ぼうぜん)とした恐怖だけが広がったあの時である。あの第一波において、人間はどのように行動したのか、何ができて何ができなかったのか。夏川は、医療現場で、どれほど過酷な現実があっても、揺るがない誇りを維持している人々を、しばしばその臨床現場で目にしてきた。医師だけではなく、看護師だけでもなく、時には患者からも、勇気や活力を受け取ることがあった。
「レッドゾーン」は現場の過酷な悲鳴を伝える作品ではない。悲鳴や避難や、他者を攻撃する声が、人間に真の勇気を与えてくれることはない。人は人を支えることができる存在なのである。必死で人と人が支え合っている現場を見て、人間のすばらしさを感じた」というのである。このような願いをもった小説「レッドゾーン」の中に、昔ペストという感染症が発症したときの小説の中にある、リウーという医師が語った語りを紹介しています。「世界がどれほど理不尽でも、人間まで理不尽ではない。医師が病人のもとに足を運び続けるのは、医師の務めではありません。人間の務めだと思うからです。病気で苦しむ人々がいたとき、われわれが手を差し伸べるのは、医師だからではありません。人間だからです。これは、誠実さの問題です。感染症が蔓延したとき、医師や牧師が感染から逃げようとその町から出てしまっては、あまり美しくない。」と言っています。
自分の身を守ることだけ考えて、自分の仕事を放り投げて逃げ出してしまっては、そこで暮らす人々はたちまち困ってしまう、こんな社会は美しいものではないというのです。
私たち人間は、人間同士共に考え合い支え合い、困難を乗り越える力を持っているのです。社会には様々な職種があり、その一つ一つは人間にとってなくてはならない仕事なのです。
これから皆さんは、その仕事の一つを担い、社会を支え、人々を支えていくわけですが、周囲の人たちに目を向け、温かいまなざしで互いに支え合い「人間としての美しい姿」で活躍されることを期待しています。
健康に気を付け、未来に向かって自分らしく、人間らしく、東大阪の地から「舞いあがれ!!」
令和5年3月17日
東大阪大学・東大阪大学短期大学部
学長 吉岡眞知子